シニョーリって覚えてるかな?
ジュゼッペ・シニョーリ
ベテランFWシニョーリ、ハンガリーのクラブを退団
元イタリア代表FWジュゼッペ・シニョーリは、ハンガリーのショプロンにおける挑戦に幕を下ろした。
1部残留を決めた後、シニョーリはクラブの財政に負担を掛けないよう、クラブとの関係を打ち切ることを決断した。
なおルイジ・サルトルも同様の決断をしている。
ショプロンの快進撃の立役者である両選手が退団を決めたことで、同クラブは終盤戦に若手選手を起用することが可能になる。
シニョーリは現在38歳。
これまでのキャリアの中でレッフェ、ピアチェンツァ、トレント、フォッジャ、ラツィオ、サンプドリア、ボローニャ、イラクリス・サロニカを渡り歩いてきた。
サルトルは1975年生まれ。
ユベントス、パルマ、ローマ、インテルなどのクラブに在籍した経験がある。
(C)SPORT
サッカー
[ スポーツナビ 2006年5月19日 13:38 ]
この選手も好きだったんですがどうも運がなかったんですよね。
小柄で左利きでとにかく華麗なプレーをする印象があった。
しかし活躍してもチームはダメで移籍するとよいというなんともいえない(爆)
でも覚えてる人や好きだった人って結構いてると思う。
ラッイオにボローニャにと・・
監督運もなかったのか。
同じラッツイオではマンチーニのほうが目立ってたかも・・
オシムジャパン発表 我那覇、闘莉王ら初の代表入り
日本サッカー協会は4日、オシム監督就任後初の試合となる「KIRIN WORLD CHALLENGE キリンチャレンジカップ2006」トリニダード・トバゴ戦(9日、国立競技場)に臨む日本代表メンバー13名を発表した。
ワールドカップ・ドイツ大会のメンバーからは川口、三都主ら4名のみが引き続き選ばれ、我那覇、小林大、闘莉王ら新戦力が入った。
「A3 チャンピオンズカップ2006」に参加しているガンバ大阪とジェフ千葉、海外組からは招集されていない。会見でオシム監督は「クラブ(鹿島の上海遠征など)やA3と日程がバッティングしてしまった。
今後はこういうことのないように願います。誰が追加招集されるか、監督になったつもりで楽しみに待っていてください」とコメント。
今回の会見では13名のみを発表したが、今後さらに増員する可能性があることを示唆した。また16日のイエメン戦(アジアカップ最終予選)では、「この13名を全員残したまま、20名前後のメンバーで戦いたい」とも述べている。
メンバーは以下の通り。
GK
川口能活(磐田)
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山岸範宏(浦和)
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DF
三都主アレサンドロ(浦和)
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坪井慶介(浦和)
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田中マルクス闘莉王(浦和)
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駒野友一(広島)
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MF
田中隼磨(横浜FM)
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今野泰幸(FC東京)
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長谷部誠(浦和)
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小林大悟(大宮)
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FW
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佐藤寿人(広島)
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田中達也(浦和)
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アルメイダの情報
マティアス・アルメイダ、30歳で引退を決意
マティアス・アルメイダがウェスト・ブロムウィッチからのオファーを断り、プロ選手からの引退を表明した。
30歳になるこのアルゼンチン人MFはイタリアのブレシアを離れたあと、1ヶ月前にウェスト・ブロムウィッチと合意。しかしその後、母国に帰り引退するという選択をしたようだ。
「とてもがっかりするニュースだ。全ては上手くいっていたのに」と語るのはウェスト・ブロムウィッチのブライアン・ロブソン監督。
「彼は我々と素晴らしい仕事をしてくれると思っていた。
しかし家族の問題もあって、彼は家族と時間を過ごすことに決めたようだ。
彼の決意を尊重しなければならない」。
アルメイダは1998年と2002年のワールドカップに出場し、これまでインテル、パルマ、ラツィオ、さらにセビージャなどでプレーした経歴を持つ。
昨シーズンはインデペンディエンテでプレーしていたが、家族を誘拐するとの脅迫を何度も受けたことから、同クラブを8月に去っていた。
2005年01月18日 17時58分
ALMEYDA
そんなに前のことだったんですね・・
どこいったんだろうかと気になってたんですが。
アルゼンチン選手の中で一番好きでした。
飼っていたうさぎにもアルメイダという名をつけていたくらいですから(苦笑)
ちなみにユーベの次にラッツイオが好きでした。
ネスタがキャプテンでヴェーロンやシメオネなどアルゼンチン選手ばっかいてた時代です。
ナイキブカツブログ
動画もあります
ナイキのブカツブログの応援メッセージ集
玉田選手は書道有段者なんですね
大きい画面で確認してみて
字から想像すると
大らかそうに見える外見とは裏腹にかなり繊細そうですね
もうちょっと自分に自信をもってほしいかと
がんばれ~!
玉田圭司
玉田 圭司(たまだ けいじ、1980年4月11日 - )
は、千葉県浦安市出身のサッカー選手。
ポジションはFW。Jリーグの名古屋グランパスエイト所属。
習志野高から1999年、柏レイソルに入団。
高い技術力が発揮されたのは2002年にJ1残留争いを繰り広げていた頃で、以来柏のエースストライカーとして成長。
しかし、柏レイソルのJ2降格に伴い、2006年1月にJ1の名古屋グランパスエイトへの完全移籍が決定。
背番号は「11」番。
ペナルティエリア付近の左45度の位置からのシュートを得意としており、その位置から左足を振り抜くとボールはゴールに吸い込まれる(同じ日本代表の小笠原満男もシュートの上手さは認めている)。
また、運動量豊富とは言えないが、巧みなドリブル、素早い動き出しを特徴としており、正確なパス・フリーキックも持ち合わせている。
Jリーグでは数多くのアシストを記録しており、チャンスメーカーとしても高く評価されている。
2004年 2006FIFAワールドカップドイツ大会・アジア地区1次予選の日本代表メンバー選考の際、その能力が当時の日本代表監督ジーコに評価され代表に選出、実力を発揮。
アジア杯でも活躍し優勝に貢献した。
この活躍がジーコに強烈な印象を与えたこと、また玉田のようなウィング的な動きを得意とする選手が不在であったこともあり、ワールドカップドイツ大会日本代表メンバーに選出。
同大会のグループリーグ最終戦(6月23日・ブラジル戦)で先発出場し、自身ワールドカップ本選初得点となる先制点を挙げた(この大会で日本代表FW唯一の得点)。
ワールドカップ史上、対ブラジル戦で記録したアジア勢初のゴールである。
しかし試合は4対1という大差で負け、1次予選敗退となった。
余談ではあるが柏時代に、ライバルチームで現在、玉田が在籍している名古屋グランパスの親会社トヨタ自動車のCMに出演したことがある。
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国籍 日本
誕生日 1980年4月11日
出身地 千葉県浦安市
身長 173cm
体重 63kg
血液型 AB型
在籍チーム 名古屋グランパスエイト
ポジション FW
背番号 11
利き足 左足
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